引退セレモニーでの岩瀬投手:
「ファンの皆様弱い僕の背中を押してくださりありがとうございました」
ファンに惜しまれながら、引退する選手がいる一方…。11月13日に行われた12球団合同トライアウト。ユニフォームを再び着ることができるのか。崖っぷちに立たされた選手たちもいます。
思いはひとつ、「野球がしたい」。しかしその思いを遂げたのは、参加した48人のうち、わずか3人でした。

少しスーツがきつそうな男性。生命保険会社の営業マン、田中大輔さん(33)。
田中さん:
「失礼します。東京海上の田中です」
この日、訪れたのは取引先の会社。名刺交換で取り出したのは…『プロ野球カード』?

田中さん:
「写真は痩せてるんですがビフォーアフターで」
座右の銘は「生涯青春」。ユニフォーム姿の写真に加え、華々しい「経歴」ならぬ「球歴」が書かれた特製のプロフィールカード。営業活動の秘密兵器です。

田中さん:
「ドラゴンズにいたのは大きいですし、覚えているよとかキャッチャーだよねといってくれるので、打ち解けるのは早いと感じます」
2006年のドラフト。
司会者:「中日、田中大輔捕手。東洋大学」
田中さん(選手当時):
「自分のアピールポイントは肩なので見てもらいたい」

2006年、東洋大学から当時のドラフト1位にあたる希望入団枠でドラゴンズに入団した田中さん。
今年引退した浅尾投手のほか、堂上選手、福田選手などと同期で入団。当時、解説者だった達川光男さんは…。
達川さん(2006年当時):
「地肩の強さ、捕ってからのスピード、(谷繁選手と)遜色ない、というよりも勝っているんじゃないかな」
しかし、ケガに見舞われ、ドラゴンズに8年在籍したものの「自由契約」に。さらに、トライアウトでオリックスに移籍も、出場はわずか1試合。結局、プロ10年で58試合出場、ヒット14本、打率は1割7分7厘、ホームランは1本でした。
田中さん:
「入団してからチャンスはいただいていて、そこでなかなかつかみ取れなかったというのもありますし、肩肘の大きな怪我もした中で、最後の年はなかなか試合に出る機会がなかったので、そろそろ(自由契約)かなという、自分の中でも心の準備はありました」
そんな田中さんにとって、忘れられない試合がありました。
2013年9月18日の巨人戦。この日、スタメンでマスクをかぶった田中さん。3安打を放ち猛打賞。さらに、レジェンド岩瀬投手が当時の日本記録382セーブ達成がかかったマウンドへ。田中さんは試合で初めて岩瀬投手とバッテリーを組みました。
そして、見事記録を達成したマウンドの岩瀬投手に駆け寄り、握手を交わす田中さん。前人未到の大記録達成の瞬間に立ち会いました。そして緊張した表情で、プロ初のお立ち台に…。
田中さん(当時):
「チャンスをいただいたので、しっかり結果出そうと思って思いっきりいきました」
これが人生最初で最後のヒーローインタビューでした。
この1年後に中日から戦力外通告。その2年後の2016年にはオリックスからも解雇され、ユニフォームを脱ぎました。
田中さん:
「社会人野球やどこか指導者の話があればいいいと思っていたんですが、そういう話もなかったので、野球から離れようと踏ん切りがつきました」
田中さんは中日時代に8年間を過ごし、知り合いも多かった名古屋に単身引っ越すことを決意。その後、友人の紹介もあり、いまの会社に入社しました。
当時、田中さんの採用を担当した社員は…。
当時の採用担当者:
「(Q.社内の反対は?)正直ありました。前例がないことなので、大丈夫かとかパソコンができるか、社会人としての振る舞いができるか問われました」

引退した選手が直面した「壁」。社会人経験ゼロで飛び込んだ保険営業の世界。入社から1年半が経ちましたが、いまも勉強の毎日です。
しかし、足りない部分は体力と行動力でカバーするのがモットーの田中さん。この日は午後から、すでに契約をもらっている病院の院長の元へ、アフターフォローの訪問です。
田中さん:「先生、こんにちは~!」
相手を気遣うこまめな営業活動。一見、畑違いの保険の仕事。実は、プロ野球の経験が生きているようで…。
同僚社員:
「飲み会での気遣いがめちゃくちゃ早い。人の飲み物を見て空だとすぐ動いたり、そういう世界で鍛えられたというのがにじみ出ています」
田中さん:
「一番は目配り気配り。キャッチャーやっていたのできょろきょろしたり、あの人今どういう風に考えているんだろうとか読んだり、そういうところがある。(Q.キャッチャーとしての観察眼?)それがプロにいる時に生きていればと思ったんですけど」

この日、仕事を終えた田中さんが訪れたのは愛知県大府市のバッティングセンター。仕事で担当するお客さんの紹介で、週に一度、ここで野球教室を開催しています。
指導を受ける子供やその保護者も、田中さんの人柄に魅了されているようで…。
保護者:
「元プロでも全然偉ぶることも無く、所属しているチームの監督が教えてくれたことも生かして尊重して教えてくれる」
子ども:
「教えるのが上手い。優しくて面白いです」
第二の人生を歩み始めた田中さん。プロ野球の世界で得た経験は、今に生かされているのでしょうか。
田中さん:
「社会に出て僕の中では無力だと思っているので、ひとつずつ色々な経験しながら学んでいます。プロにいた中で人間関係や礼儀は学んだ。社会でそこは生きているのではと思う」