日本の連勝で熱を帯びるラグビーW杯。前回のイングランド大会では“ラグビー途上国”の日本が、強豪の南アフリカを破り、「ブライトンの奇跡」と称された。

 その奇跡を知ったひとりのラグビーファンは、4年前に受け取った「奇跡のパス」を日本代表に、そして日本中に送ろうと、今回を含むW杯8大会に出場した22の国と3つの地域の最高峰の頂にラグビーボールをトライする旅に出た。

 愛知県春日井市の長澤奏喜、自称「世界初のラグビー登山家」だ。8月に富士山で最後のトライを終え、壮大な旅に終止符を打った。この企画ではその彼が、旅の喜びや苦労、そしてW杯への思いを連載で伝える。

■サモアはエメラルドグリーンの海に囲まれた“楽園”

 9月20日に開幕したラグビーW杯。日本はロシア、アイルランドと強豪相手に連勝し、予想を超える盛り上がりを見せている。そして3戦目の相手はサモアだ。

 最高峰のマウガ・シリシリ(1,857m)に登るため、僕がサモアを訪れたのは2019年1月のこと。サモアはニュージーランドの北東2,300 kmにある南太平洋の国だ。

 首都アピアのあるウポル島を含む7つの小島で形成されている。日本からの直行便はなく、フィジーかニュージランド経由で飛行機を乗り継ぐのが一般的で、僕は直前に訪れていたフィジーから直接サモアに入った。

 アピアに到着した時、ラグビーで見る激しいサモア人とはまるで対極の、穏やかな風景に驚いたのをよく覚えている。

 エメラルドグリーンの海をバックに、島を囲む一本道の脇には南国特有の開放的な家が立ち並ぶ。家といっても半分ほどは壁がない。サモア人の生活は丸見えなのだ。

 これまで海外を70ヶ国ほど渡り歩いてきたが、こんな国は今まで見たことがなかった。サモアについて程なく、治安や人の良さが町の風景から伝わってきた。

 マウガ・シリシリはサバイイ島という島にあり、行き来には船を使うのが一般的だという。船で島についてからレンタカーで麓町のアオポ村に向かった。まずは村民に会い、そして村長に会う必要がある。

■途上国での山登りで必須のスキルは「麓町の村長と出会う」

「村長に会い、ガイドを紹介してもらう」、実はこれが途上国の最高峰を登る勝利の方程式だ。

 途上国では、高所を登る難しさとは全く異質なスキルが必要なことがある。7年前、僕は青年海外協力隊として、ジンバブエの農業大学でIT講師をしていたときにわかったことだ。

 当時のジンバブエはハイパーインフレで経済が崩壊した直後で、人口1000人足らずのグエビ村という小さな村で約2年間生活していたが、水が止まって体調を崩し、飢え死にしそうになった。そんな時、村長に助けをお願いして面倒を看てもらった経験がある。

 途上国の田舎町では「村長を頼ること」が大切だということが誰かに教えてもらうわけではなく、過去の経験から自然と身に着いた旅のテクニックだ。

 サモアのレンタカーにカーナビは付いていたが、日本から来た中古車のため、地図は日本しか表示されない。しかし、港からアオポ村へはおよそ70キロの一本道をひたすら突き進むだけだったので、迷うことなく辿り着くことができた。

 村に着いてすぐに売店のおばちゃんを訪ね、「村長の自宅を教えて欲しい」と一言お願いすると、想像を超える“神対応”。「私が車に乗って案内してあげる」と村長の自宅まで連れて行ってくれた。

 村長の家は村の一番奥にあった。

 それまでの旅の経験から、村長というのは村の中で一番きれいで、一番大きい家に住んでいるイメージだったが、むしろ村の中で一番質素に生活にしているようにみえた。

 他の家はトタンの屋根だが、村長の家は日本でいう「かやぶき屋根」で、壁はなかった。白いファイタガ(男性用の巻きスカート)を巻いていた村長は猫と戯れていた。

 いきなり自宅を訪れたが、ガイドを紹介してほしいという僕の依頼を快く引き受けてくれた、男前な村長だ。質素な家のイメージとはかけ離れたピカピカのスマホでさっそくガイドに連絡してくれた。

 すると、ガイドはおよそ30分ほどで友人の車に乗ってやってきた。タロサガさんという名の、サモア人らしい筋肉隆々のナイスガイで、元ラグビー選手だという。国内リーグでスクラムハーフとしてプレーしていたそうで、すぐに意気投合した。

■庭にはココナツの木…登山ガイドをしてくれた元ラガーマンの家で1泊

「明日はお祈りの日だから明後日ならガイドできる」と言われて宿をどうするか悩んでいたところ、家に泊まったらどうだと言ってくれた。

 タロサガさんの自宅は村の中心地から少し離れたところにあり、一部は自給自足の生活を送っているようだった。ガイドは副業らしい。

 窓からは無数にココナツの木が見え、庭では野菜やハーブ、観葉植物を育てていた。

 その脇では、その日の食事の残骸に群がる放し飼いの豚と鶏が鳴いていた。絵に描いたようなノンビリとした楽園だ。

■1日に何度も降る雨水が「生活水」…26年前の日本とサモアの友好の証も

 飲み水も含め、生活で使う水は全て雨水でまかなっていた。僕がタロサガさんの家を訪れていた時も、一日に何度も激しい雨が降り、桶からは水が溢れていた。雨水で十分に生活できるほどの水量なのだろう。

 ちなみにその桶は1993年日本のODAで配布されたもので、今も大切に使ってくれていることに嬉しさを感じた。

 サモアは婿入り婚が主流で、奥さんが女王蜂のように君臨したような家族形態だと聞いていた。タロサガさんの奥さんは、産まれたばかりの赤ちゃんにつきっきりで、タロサガさんは黙々と家事をこなしていた。

 しかし、上下関係のようなものはなく、質素な生活の中で助け合いながら生きている心温まる様子だった。

 翌日、教会には僕も一緒に行くことになった。サモアは熱心にキリスト教を信仰している国だ。上半身裸が子供たちと男性の普段着といってもあながち間違いではないと思うが、教会に行くときはアイロンをしっかりとかけた正装でのぞむ。僕にもわざわざサモアの正装を僕に貸してくれた。

 ファイタガを初めて着てみて、股がスースーすることに違和感があった。熱帯地域に属するサモアでは、雨に服が濡れてもすぐ乾くファイタガの方がズボンよりも利便性が高いものだと思う。

 牧師の言葉を聞きながら僕は、マウガ・シリシリを、そしてこの冒険全てが成功することを祈り続けていた。

(その2へつづく)


■長澤奏喜(ながさわ・そうき)プロフィール

1984年10月、愛知県出身(大阪生まれ)。愛知県立明和高校卒業後、慶應義塾大学理工学部を経て、大手IT企業に就職する。在職中にジンバブエでの青年海外協力隊でジンバブエを訪れた際に、世界におけるラグビーW杯の熱を肌で感じる。2016年に退社し、2017年3月、世界初のラグビー登山家となり、2年半で過去W杯に出場した25カ国の最高峰にラグビーボールをトライする、# World Try Project に挑戦。2019年8月27日、日本の富士山で、25カ国すべてのトライを達成。

長澤奏喜HP「I am Rugby Mountaineer」(僕はラグビー登山家)

サイトURL
https://www.worldtryproject.com/