ラグビーのW杯で日本は下馬評を覆し、4戦全勝でリーグ戦を終えて史上初のベスト8へ進んだ。ここからは“Dead or Alive”、1発勝負のトーナメント戦で手に汗握る試合が予想される。

 自称「世界初のラグビー登山家」、愛知県春日井市の長澤奏喜の連載も5回目に繋がった。ベスト4を懸けて戦うのは強豪・南アフリカ。過去W杯で2度優勝、今回も優勝候補の一角だ。

 前回のイングランド大会で日本代表は「ブライトンの奇跡」を起こし、歴史的な勝利を挙げたが、9月6日にW杯前最後のテストマッチで対戦した際には7-41と完敗した。

 今回は、南アフリカ編後半。最高峰のマファディを目指す旅の完結編だ。

■大山脈は気が付いたら別の国…隣国「レソト」にも“入国”

 2日目の2018年9月21日。簡単な朝食をとり、朝の8時に出発した。地図で見る限り、1日目のキャンプポイントからマファディの山頂までの直線距離は決して遠くなさそうだったが、山頂は切り立った崖の奥にあって見えない。

 そのため、僕たちは傾斜がなるべく緩いところを探し出し、遠回りをしなければならなかった。大幅に迂回しての登山だった。

 3時間ほど歩くと、ガイドが「レソトに今いるよ」と突然話した。「レソト?」僕は驚いた。あたりは大平原で、国境を越えたことなんて知るよしもない。

 一般的にあまりなじみのない「レソト」というのは、周囲を南アフリカにぐるりと囲まれた内陸国だ。通常はイミグレーションの手続きが必要だが、気付いた時には僕はレソトに密入国していたことになる。「大丈夫なのか?」とガイドに尋ねると、何も根拠がない頼りない生返事があった。

 それから1時間も経っていない山の中腹には、長いマントとトンガリハット姿の、「ムーミン」に出てくるスナフキンのような格好をしているレソト人が馬を放牧をしていた。つい最近まで、南アフリカの最大派の民族・ズール族がレソトに奇襲をかけていたため、「ここには銃を持った見張りがいたんだ」とガイドは笑顔で語っていた。

■雷雨を凌ぐ洞窟で火を囲み…7人が打ち解けたのは“パス”

 気づいた時には南アフリカにまた戻っていた。山の中では国境という概念はあまりないのかもしれない。

 その後、突然の雷雨が僕たちを襲ってきた。日本の山であれば、危険を避けるため安全な場所に避難して落ち着くまで待つというのが通例だが、辺りは標高3000mほどの何もない平野で、身を隠す場所などどこにもなかった。

 すぐそばでゴロゴロとけたたましい音が響き渡る真っ白の霧の中、ガイドの「行くぞ」との掛け声で駆け抜けた。どこに向かうか告げられないまま、薄っすらと見えるガイドの背中だけが頼りだった。

 高山植物が生い茂る山で、まさかラグビーのようにラグビーボールを持って走るとは思いもしていなかった。目蓋を閉ざさずにはいられない雷光がすぐ側まで迫っていて、2時間後ようやく、命からがら洞窟の中に逃げ込んだ。

 洞窟は高さ3m、奥行き10mほどで、雨をしのぐにはちょうどよい大きさだった。洞窟の中で焚き火を始めたが、人類発祥の地とされる南アフリカでは、僕らの祖先も同じようにこうして洞窟で火を焚いていたのかもしれない。

 一息ついて、火を囲んで濡れた衣服を乾かしていると、次第に7人も緊張の糸が解れて打ちとけていった。ポーターの1人がラグビー経験者だと打ち明け、鋭いスクリューパスを放って、皆が湧いた。

 ガイドとポーターは、この日もまた別々で夕食の用意をしていたが、ガイドがポーターに「ちょっと食べてみるか?」とスープを差し出した。初日は全くそんな雰囲気ではなかったので驚きだった。「いいのか?」と、微笑んだポーターの表情が印象的だった。

 その夜は、雨に濡れて凍える体をたき火で温めながら、ラグビーボールを囲んで過ごした。外の雷は気づいた時には止んでいた。

■いよいよ準々決勝…1か月半前に完敗もさらなる高みへ全国から声援を

 翌23日は、早朝6時に出発。風こそ強かったものの、空は晴れていた。洞窟から出発して3時間後、南アフリカ、最高峰マファディにトライした。

 辺りは起伏も少ないノッペリとした荒野であるが、その荒野の下には雲が見える。地面に見える赤褐色の岩肌と青々とした空のコントラストが綺麗だったのをよく覚えている。

 そして出発時はバラバラだった7人は、いつしか一つになっていた。その真ん中にあったのが今まで各国の山々にトライし続けてきたラグビーボールだ。

 山頂にトライした後、僕たちはラグビーをパスしあって遊んでいた。そこには人種など関係のない、無邪気に笑っている僕たち7人がいた。

 マファディの山頂にも石が積まれていて、登山者の思いが積み上げられていた。僕もまた、その石の一番高いところに「次も、日本代表が南アフリカと戦う時に勝てるように…」そう祈りながら石を置いた。

 2019年10月20日、日本代表はこれまでに見たことない景色を望む。南アフリカには9月6日のテストマッチでは7-41と完敗したが、その後の短い期間で日本代表は見違えるほど強くなった。

 南アフリカは確かに優勝候補の強豪国だ。それでも日本の勝利を僕は信じている。日本代表がさらに高みに登っていくために、また日本中が代表を応援してくれることを心から祈っている。

■長澤奏喜(ながさわ・そうき)プロフィール

1984年10月、愛知県出身(大阪生まれ)。愛知県立明和高校卒業後、慶應義塾大学理工学部を経て、大手IT企業に就職する。在職中にジンバブエでの青年海外協力隊でジンバブエを訪れた際に、世界におけるラグビーW杯の熱を肌で感じる。2016年に退社し、2017年3月、世界初のラグビー登山家となり、2年半で過去W杯に出場した25カ国の最高峰にラグビーボールをトライする、# World Try Project に挑戦。2019年8月27日、日本の富士山で、25カ国すべてのトライを達成。

長澤奏喜HP「I am Rugby Mountaineer」(僕はラグビー登山家)

サイトURL
https://www.worldtryproject.com/