10月1日にオープンした名古屋テレビ塔の「ザ・タワー・ホテル・ナゴヤ」のエントランスにある壁画は、名古屋の美術家が描いた作品です。試行錯誤しながら見る人に思いを伝えたいという情熱あふれる手仕事に密着しました。

■独特の空間のホテル…エントランスで客を迎えるモノクロの壁画

 東海三県の魅力、歴史、伝統文化、アートクラフトなどを世界に発信する話題のホテルとして10月1日に名古屋テレビ塔にオープンした「ザ・タワー・ホテル・ナゴヤ」。

 三県にゆかりのある作家たちのアート作品がロビーや客室、いたるところに展示され、思わず目を奪われます。ほかにはない独特の空間が魅力です。

 そして、ホテルの顔ともいえるエントランスには、名古屋在住の美術家による壁画が描かれました。

男性客:
「色合いが自然になじんで気持ちいいですね。見ていて、見入っちゃいますね」

女性客:
「圧倒されます。入り口に大きいモノトーンの感じがくると。2色でこれだけ迫力が出せるのがすごい」

 手掛けたのは、鷲尾友公さん(42)。近年では愛知県美術館での展覧会のポスターを制作したり、あいちトリエンナーレへ参加したりするなど、地元・名古屋を拠点に活動しています。

鷲尾友公さん:
「仕事の終わりが始まりということなんですね、僕の場合は。ここを通っていく人が、いろいろと想像してくれたら嬉しいなと思いますね」

■アート界の重鎮から逆オファーも…名古屋のシンボルには名古屋で活躍するアーティストを

 名古屋市北区にある鷲尾さんのアトリエ。仲間のクリエイターらと共同運営。手掛けるのはポスターなどのデザインから絵画や立体造形など様々。

 そんな彼にホテルからオファーが舞い込んだのは、約1年前。エントランスや客室、グッズなど、多くの製作を依頼されました。

 「ザ・タワー・ホテル・ナゴヤ」のオーナーは、「テレビ塔がホテルになるという話題性から、世界的にも有名なアート界の重鎮から逆オファーがあったが、テレビ塔は名古屋のシンボルのため、地元名古屋のアート界で活躍している鷲尾さんに、メインアーティストとしてオファーをした」と話します。

 描くのは、去年、鷲尾さんがタイのイベントで描いた作品の続編。6月頃からアイデアを練り始めました。ところが…。

鷲尾さん:
「テレビ塔のタワーのデザインがいまいちしっくりこない…。びっくりするというか、圧倒的であるべきというか、ロマンチックで詩的というか、今はぐるぐるしている状態」

 テレビ塔をどう自分らしく描くのか…。何度も描いては見るものの、ピンときません。

■一発勝負の制作・キャンバスは「壁」…苦しみの末に生み出されたタワーのデザイン


 8月初旬。結局答えが出ないまま現場に入りました。キャンバスは幅7メートル、高さ3メートルの壁

鷲尾さん:
「壁の素材の表情をそのまま残したいという希望があって、普段はいったん白でベタで塗っちゃうんだけど」

 白で塗りつぶせない分、一発勝負。そこでプロジェクターでデザイン画を壁に映し、それをもとに、チョークで下描きすることに。鷲尾さん、初の試みです。

 やり直しが効かない分、まずは慣れることが重要。時間を掛けながら壁と向き合います。

 結局下描きだけで3日間。しかしまだ、タワーのデザインは決まりません。それでも、制作期間が限られているため、筆入れを始めます。

 一筆たりとも失敗できない…自ずと指先に力が入ります。連日の真夏日の中、黙々と作業を進めます。

 壁と向き合うこと10日目。再びデザイン画を壁に映し、下描きを始めました。ついにタワーのデザインが決まりました。

 曲線の多い絵の中央に直線が引かれ、タワーが姿を現しました。上の部分には大きな手も。

 これは、タイで描いた作品に登場するポケットに手を入れている女性の手。

続編となる壁画には、そのポケットからテレビ塔を取り出そうとする様子を描きました。

鷲尾さん:
「ここどうしようかなと悩む。僕の場合は考えるのも時間がかかるし、次から次に新しい絵が出てくるタイプでもないから。ひとつのものをじっくり育てていくっていうタイプ」

 象徴であるタワーも加わり、作業は中盤へ。この頃には壁にも慣れ、筆運びも大胆に。フリーハンドであっと言う間に花を描きました。

 鷲尾さんは、「一つの目標に向かっているこの幸せな時間、絵を描いて参加させてもらっていることに感謝したい」と話します。

■「通る人が何かを感じてくれたら嬉しい」…消えた街のシンボルもオマージュで次の時代へ

 いよいよ壁画は間もなく完成へ。あまりリアルになりすぎないようにと描き始めたのは、ドレス姿の女性。ここには鷲尾さんのある思いがありました。

鷲尾さん:
「丸栄にあった、東郷青児さんのエレベーターの扉絵へのオマージュですかね。その時代の人たちには愛されていたけど、街にあったものが無くなって、それでもテレビ塔は残っていく」

 百貨店・丸栄のエレベーターに描かれていた画を加えました。時間の経過や人々の記憶をこの壁に刻み、未来へとつなぎたい。そんな想いを込めました。

 2か月かけて描いた「ザ・タワー・ホテル・ナゴヤ」、エントランスの壁画。

 テレビ塔と一緒にポケットからあふれ出るのは光。その光が作る道を進むと、かつて久屋大通公園北側にあった並木道へ。

 消えてしまったものも、テレビ塔と共に未来へと語り継がれるようにと、願いを込めました。

鷲尾さん:
「印せたと思いますね。ここを通っていく人が、いろいろ想像してくれたら嬉しいなと思いますね。仕事の終わりが始まりってことかな、僕の場合は」

 描き上げたら、あとは見る人が何を感じるか。壁画には鷲尾さんからのメッセージが込められています。