愛知県常滑市にある創業173年の「澤田酒造」。江戸時代から続くその老舗酒蔵を、2020年火事が襲いました。

 創業以来初めての“存続の危機”。手を差し伸べたのは、多くのファンやライバルの酒蔵でした。

■火事の知らせにファンからSNSで応援メッセージ続々…義援金募るサイトも

 創業173年を誇る愛知県常滑市の老舗酒蔵「澤田酒造」。湧き水を使った伝統製法で生み出す名酒「白老」は、豊潤でコクのある味わいで評判の人気商品です。

 2020年11月、酒蔵から立ち上る黒煙…。「澤田酒造」の長い歴史の中で初めて起きた火事でした。白老の酒造りに欠かせない麹を生み出してきた麹室が全焼。出火原因は、部屋を暖める電熱線のショートでした。

 消火後は、その後のことを考えて愕然としたという6代目の澤田薫社長(39)。

 麹づくりは、酒造りの最も重要な工程の1つで、麹がないと発酵は起こりません。酒造りの心臓部である麹づくりが出来なくなり、最盛期を迎えていた酒造りは全てストップ。仕込んでいた酒も、煙の匂いがつき、廃棄せざるを得ませんでした。

 存続も危ぶまれることになった澤田酒造。そこに一筋の光をもたらしたのはSNSでした。

(SNSの声)
「微力ながら飲んで応援させていただければ」
「お役に立てることがあればお声がけください」

 火事が起きたことを澤田社長がSNSに投稿すると、激励の注文や応援メッセージが相次ぎ、義援金を募るホームページを立ち上げる人も現れました。そして、地元でも常滑市の職員が有志を募り、被災を免れた新酒など、あわせて591本、100万円分を購入しました。

購入した人:
「おいしそうですね。なかなか宴会ができないんですけど、家族で集まってみんなが飲むと思います」

■失われた酒造りの心臓部・麹室…ライバルの酒蔵が麹作りを引き受ける

 支援の輪は、ライバルである別の酒蔵にも広がりました。火事から20日後、澤田社長が打ち合わせをしていたのは、愛知県設楽町の関谷醸造の関谷健社長です。

 酒造りの心臓部・麹室を失った澤田酒造を救うため、愛知と三重の酒蔵4社が名乗りを上げ、合わせて3トンの麹作りを引き受けました。その1つが全国的にも有名な「空」を製造する関谷醸造でした。
 
関谷社長:
「澤田さんに納得いただけるような麹づくりを、頑張りますので」

 12月から始まった麹造り。使われた新米は最高級の兵庫県産・山田錦。白老の中でも一番高価な純米大吟醸になります。麹づくりで酒のうまみが決まるため、酒蔵にとっては最も重要な作業。ライバルである他の酒蔵で麹を作ってもらうことは異例です。

関谷醸造の杜氏 荒川貴信さん:
「(他社から)お米を預かってやるのは初めてですね。果たして希望にかなうかどうかが心配」

 「恥ずかしくない麹を出したい」と意気込むのは、関谷醸造の酒造りの責任者である杜氏の荒川貴信さん。今回の支援は、荒川さんが澤田酒造の杜氏と専門学校の同級生だったという縁もありました。

 関谷醸造では、麹づくりに機械化が進んでいますが、澤田酒造はすべて手作業。本来の味は出せないかもしれないという心配はありました、それでも…。

杜氏の荒川さん:
「いつもなら、お客さんの顔を想像しながら作業するんですけども、今回は白老さんのスタッフの顔を考えながら造っています」

 澤田酒造に麹を引き渡す日がやってきました。一粒一粒を包み込むように麹菌が覆い、噛むと甘みが出る見事な麹に仕上がりました。

澤田社長:
「お預かりした麹を使って、一生懸命良いお酒を造りましょう。本当に感謝しています」

 酒造りを再開できる…。173年の歴史の中で初めて訪れた存続の危機に、光が差した瞬間でした。

■再出発の矢先に舞い込んだ“酒造りの師匠”の訃報…「白老」を名酒に押し上げた立役者

 新たな一歩を踏み出したその矢先に飛び込んできたのは、突然の訃報。

 澤田社長の大叔父で元・専務の澤田政吉さんが亡くなりました。享年98歳。

澤田社長:
「おじさんが亡くなっちゃったって。せっかく麹室作るのを見てもらいたかったのにね。あかんね、うちら…」

 戦後から澤田酒造で働き始めた政吉さんは、白老を愛知の名酒に押し上げた立役者で、澤田社長の酒造りの師匠でした。澤田社長は利き酒の流儀、調合の仕方、味を決めていく心のやり方や想いを、隣にいて学んだといいます。

 引退後も、社員の心の支えだった政吉さん。今回の火事で、延焼を食い止めることにも貢献していました。麹室の建屋を木造から当時耐火性能が高いと言われたコンクリートにした政吉さんの判断が、被害を最小限に抑えました。

澤田社長:
「見事に(延焼を防ぐのに)効果を発揮しています。本当に考えられて作ってくれたんだなって、思うんですよね」

■恩返しは「美味しいお酒を造ること」…創業173年の酒蔵が迎える新たな時代

 師匠・政吉さんが築きあげた白老の味は、しっかりと受け継がれています。通夜が行われた12月22日、政吉さんが“最後のメッセージ”を届けにきてくれました。

喪主の政吉さんの長女:
「お父さん、麹室が燃えちゃったね。『これで新しい時代の幕開けだよと。また白老は新しい形で続いていくように祈っとるで』」

 恩返しは、美味しいお酒を造ること。澤田社長は、「他の酒蔵が作ってくれた麹で白老を仕込むのは今までやったこともなく…」と不安を口にしますが…。

澤田社長:
「新しく取り組めることへのワクワク感もありますし、一生懸命、杜氏はじめ蔵人の皆さんが頑張ってやってくださっているので、きっとできると信じています」

 新しい「白老」へ、新しい時代の幕開けです。