環境や経済、貧困や差別など社会が抱える様々な問題について、17の目標を掲げ2030年までに達成しようという取り組みがSDGsです。

 カンボジアに世界一美味しいと言われる胡椒があります。この胡椒は1970年に始まったカンボジアの内戦により一時なくなる寸前でしたが、内戦後に奇跡的に復活させたのが、愛知県に住む日本人の男性でした。

 スパイシーな辛みとフルーツのような甘み。「キング・オブ・スパイス」の異名を持つこの極上の一粒には、未来へのヒントがありました。

■「衝撃を受ける香りの高さ」…通常品の約5倍 世界一売値が高いフルーティーな「完熟胡椒」

 2020年11月。東京・青山のファーマーズマーケット(東京都渋谷区)。女性客で賑わうのが「クラタペッパー」です。看板商品は、スパイシーな「黒胡椒」(853円)とフルーティーな「完熟胡椒」(972円)です。

女性客:
「香りの高さに衝撃を受けて」

別の女性客:
「これ食べたら他のものは食べられない」

 三重県出身の倉田浩伸さん(51)と、愛知県出身の妻・由紀さん(50)。いつもなら一年の3分の2はカンボジアにいますが、コロナの影響でこの一年は愛知県を拠点に仕事をしています。

 倉田さんの農園「クラタペッパー農園」は、首都プノンペンから160キロほど西にあります。胡椒はツル性の果実で、その実は葡萄の房のようです。

倉田さん:
「緑のものが普通の黒胡椒になって、この数粒だけが『完熟胡椒』になる。甘い、かぐわしい香りがする」


「完熟胡椒」は一房に数粒しかない赤い実だけを選別。価格は20グラムで972円、一般的な胡椒の5倍近い値段です。世界一売値が高い胡椒のため、クオリティを重視して販売しています。

 この世界一のカンボジアの胡椒。一時は失われる寸前の状態でした。1970年から20年以上続き、100万人以上が殺害された内戦により、カンボジアの主要産業の農業が壊滅状態になったためです。

■「日本人は金を出すだけ」と言われ一念発起…カンボジアの農業の再生で本当の国際貢献を

 倉田さんは大学生の頃から海外のボランティアに参加。そんなある日、留学先でルームメイトに、『日本人は金だけ出すだけで、人的貢献をしてない』と言われました。

 本当の国際貢献とは何か。倉田さんは内戦を終えばかりのカンボジアに渡って産業を作ることで、人々の暮らしを安定させたいと考えました。カンボジアの基幹産業である農業の再生です。

 倉田さんは、約60年前のカンボジアの農業資料で昔の胡椒の産地を探し、数本だけ残っていた苗木を発見。

倉田さん:
「一帯はずっと胡椒畑で、フランス人が来るたびに『カンボジアの胡椒は世界一だ』と言ったと(現地の人が)言っていた」

 この日、倉田さんはオンラインで現地のスタッフと打ち合わせ。現地では、デンマーク向けの黒胡椒の選別を行っていました。

 胡椒を作り始めて25年。カンボジアのスタッフは21人になり、契約農家も30軒に増えました。月給は20万円ほど。カンボジアではかなりの高給です。

倉田さん:
「同じ仕事をしても国が違うと60円とか。何で国が違うだけで人の値段が変わるの?というのが非常に疑問だった」

 世界の賃金格差を改善しない限りは、世界の紛争は無くならないと倉田さんは話します。

■フレンチのシェフ「間違いなく世界一の胡椒」…料理だけでなくデザートやお酒にも相性抜群

 名古屋・栄のフランス料理店「レストKヤマウチ」。料理にクラタペッパーの完熟胡椒を使っています。岐阜県産の「尾長鴨のグリル」。完熟胡椒を使ったポワブラードソースが、ジビエのうまみを引き立てます。

レストKヤマウチの山内シェフ:
「間違いなく世界一の胡椒だと思います。フルーティーさ、柔らかさ、甘みがすごく来るので、食べると野鳥の香りと胡椒の清涼感で、森を食べているようなお料理に仕上がります」

 この店では、デザートのチーズケーキにも胡椒を使っています。食後のお酒とも相性抜群です。「黒胡椒一粒とってもそこにストーリーがあり、人と人を繋ぐのが食材。その思いを受け止め、どう料理で伝えていくかが大切と」山内シェフは話します。

■すり身と粗挽き胡椒を石うすで練る…粒の食感も楽しめる香り高い「黒胡椒豆ちくわ」

 豊橋名産の「ヤマサのちくわ」にも、クラタペッパーは使われていました。粒の食感を残すため、黒胡椒は粗挽き。香りが抜けないように、砕いたばかりの胡椒を、タラ、グチ、ハモなど5種類の魚と石うすで混ぜ合わせます。

 胡椒の香りが引き立つように、焼き色はつけません。「黒胡椒豆ちくわ」(324円)は、百貨店やインターネットで販売中。おつまみやお土産用として、新幹線のホームでも販売しています。

ヤマサちくわの佐藤元英社長:
「わが家の胡椒も、クラタペッパー以外はないですからね」

 ヤマサちくわの佐藤元英社長は、カンボジアを訪れたことがあり、豊橋の工場に20人ほどカンボジア人の技能実習生を受け入れています。佐藤社長は、自社商品をたくさん売ることでクラタペッパーに、そしてカンボジアに少しでも貢献したいと話します。

■作った人の顔を想像しながら食べると楽しい…「これからは気持ちや満足度で価値をはかる世界に」

 倉田さんの妻、由紀さんは、18年前カンボジアで倉田浩伸さんと出会い、結婚しました。由紀さんはロゴやパッケージのデザインを担当し、また手書きでレシピを紹介し、クラタペッパーを支えています。

 完熟胡椒のネーミングも由紀さんのセンス。以前は、アンコールワットを描いたデザインでしたが…。

倉田さん:
「思い切りダサいといわれました、この(アンコールワットの)パッケージはダサいって」

由紀さん:
「畑に行った時に胡椒がなっている様子を見て、こんな風に胡椒が成るんだと」


 由紀さんは、畑で初めて胡椒がなる姿を見た時のイメージを、そのままパッケージのイラストに。今でも変わらずこのイラストが使われています。

 味噌煮込みに胡椒、ビールにも胡椒…。2人暮らしの倉田さんと妻・由紀さんの食卓には、いつも胡椒があります。

由紀さん:
「食卓の会話の中で生産地に思いをはせたり、作っている人の顔が浮かんできたり。想像しながら食べてもらうと楽しいかなって」

倉田さん:
「みんなが平和に人の多様性を認め合いながら、生きていく社会がこれからは求められていくのではないかな」


「これからは紙切れの紙幣ではなく、人の気持ちや生活の満足度で価値をはかる世界になる」と倉田さんは未来に思いを馳せています。