名古屋市中川区の新川と庄内川に挟まれた三角地帯に100年以上の歴史を誇る「下之一色魚市場」はあります。場内には16店舗が軒を連ね、朝早くから地元で獲れた新鮮な魚介類がズラリと並びます。
しかし川の堤防改修で建物を取り壊すため、3月13日に営業を終了。活気溢れる「下之一色魚市場」の最終日には、笑顔で客を見送る、昔から変わらない光景がありました。
■常連でにぎわう市場が営業終了…「45年ぐらい来とる」と話す客も

大正時代から100年以上続く「下之一色魚市場」。
女性客:
「おいしいですよ。子供の頃から好きだったので」
男性客:
「言ったようにさばいてくれて…。人情味があるんで、ここは」

営業最終日の午前4時。店はいつもと変わらず、開店準備に追われます。
鮮魚店で働く70代の女性:
「これは天然ブリ。8.1キロある。今日が最後だなーと思ってね。張り切っとるよ」
同・60代の女性:
「平常心。まだ、そんなところまで辿りついてないね、やることがいっぱい」

最終日とあって多くの注文が入り、大忙しです。開店すると飲食店などのプロだけでなく、地元の人が訪れます。
常連客:
「45年ぐらい来とるわ。まあ寂しいね、しょうがないわ」
地元の主婦:
「嫁いできて47年になるけど、正月には歩けないくらいの人だったの」

この主婦の夫は亡くなりましたが、毎日この市場に来ていたといいます。最終日に孫と一緒にやってきた女性は「本当に残念。これから食べるお魚どうしよう」と閉鎖を悔やみます。
■市場から店の名前をつけた居酒屋の店主「名に恥じぬよう魂継ぐ」

午前6時すぎ。あいにくの雨も場内は賑わい、ピークを迎えます。

30年来の常連客:
「今週毎日来とるんだけど。だってもう明日はこの風景見られんからね」
この男性は、思い出に店から電球をもらっていました。レトロな照明を自分の部屋に…思い出を残します。

仕入れに来た居酒屋を営む男性:
「俺はここで育った。ここだけしかない商品、ここだけの独特の雰囲気だったり。悲しいね」
男性の家族は市場で鮮魚店を経営しています。普段は仕入れを終えれば自分の店に戻りますが、この日は手伝います。この市場から店名を取った居酒屋「下の一色」を営む男性は「その名に恥じないよう、魂や志を継いでいきたい」と話します。
■最盛期には100軒が16軒に…100年の歴史誇る市場に幕

大正元年に誕生した「下之一色魚市場」。当時は漁業が盛んで、最盛期にはおよそ100軒が並ぶ海産物の取引拠点でした。

しかし、昭和34年の伊勢湾台風で港は壊滅的な状態に。漁業を断念し、別の市場から海産物を仕入れることで朝市を続けてきました。次第に店は減り、今では16軒に。

市場で働く人たちのほとんどは70歳以上となり、今回新川の堤防改修による立ち退きを承諾し、閉店の道を選びました。16店舗の半分は別の場所で営業を続けますが、残りの半分は廃業します。
■メニューはほんのり甘い「玉子巻」のみ…愛され続けた店も市場と共に閉店へ

最後の日、一際賑わう店がありました。50年ほど前から続く「茶乃善」です。
茶乃善の2代目祖父江良輝さん:
「すごい人。びっくり。普段の土曜日の3倍以上は売れていると思う」

メニューは「玉子巻」(400円)一品のみ。ダシの旨味にほんのりとした甘みが人気で、焼きたてを提供しています。もともと下之一色の町には仕出しの店や寿司の店がたくさんあり、玉子巻は売れました。

そんな絶品の玉子巻はいつしか店だけでなく、家庭の味にもなりました。この日「近所の人と親戚に配る」と20本購入した女性客もいました。2代目の祖父江良輝さんは父親の後を継ぎ、母親の多寿子さんと店を切り盛りしてきました。
母親の多寿子さん:
「前は私がやっとったけどね、体壊して。この人はね、この市場の中でも評判の親孝行です」

良輝さんは平日は朝市場で働き、その後勤務先へ出勤する毎日を過ごしてきました。市場の閉鎖後は、文房具会社の本業に専念。店は惜しまれつつも市場と共に閉店します。

2代目の良輝さんは「これまでしっかり売らせていただきました」とお客さんに感謝の気持ちを伝えます。
■時代は変わっても変わらぬ人情のあった市場…最後は笑顔でお別れ

この店では、客に「殻ごと焼いた方がうまいよ」とアワビの焼き方をアドバイス
店を訪れた男性:
「おじさんとかおばちゃんとかが、丁寧に『こうやって食べるとうまいよ』とか教えてくれるんで」

飲食店の料理長の男性は店で提供する、アワビ、車エビ、アカウオ、アカガイを購入しましたが、「この市場の海産物は他とは全然違う」と話します。
飲食店の料理長:
「何よりも人情味があるんで、あったかいとこだったんで。続けて欲しいっていうのは本音です」

午前8時半、最後の一日が終わります。下之一色魚市場ができて109年…。
大正から令和へと時代は変わっても、ここには変わらぬ人情があります。最後も笑顔でお別れ…。市場にはいつもと変わらない光景が広がっていました。