2021年3月、スリランカ人の女性が名古屋入管の収容施設で亡くなりました。女性を診断した医師は、「入院などが必要」と指摘し、女性も収容施設から出ることを訴え続けていましたが、その声は届きませんでした。なぜ彼女の命は失われたのか。死の真相に迫ると外国人を巡る日本の課題が見えてきました。

■同居人の暴力に耐えかね交番へ…在留資格のない女性は名古屋入管へ

 今年3月、33歳の若さで亡くなったスリランカから日本にやってきたウィシュマ・サンダマリさん。亡くなった場所は、名古屋出入国在留管理局、「入管」でした。

ウィシュマさんの妹(日本語訳):
「お姉さんが亡くなったこと、お母さんも私たちもすごく悲しいです。こんなことになって誰か責任を取っているのか」

 4年前に留学生として来日したウィシュマさんは、スリランカで語学学校の先生になるため、日本語学校で学んでいました。しかし、同居していたスリランカ人の男性から暴力をふるわれるようになり、学校は休みがちに。学費も滞り、除籍処分となったことで「在留資格」を失いました。

 そして去年8月、暴力に耐えかねて交番に駆け込みましたが、在留資格のない彼女が送られたのは、名古屋入管でした。

■収容から5か月後…全身しびれ歩行不能に 体調悪化で仮放免を求めるも

 外国人労働者や難民を支援する団体「START(外国人労働者・難民と共に歩む会)」の代表、松井保憲さん。ウィシュマさんと面会を重ねてきましたが、収容から5か月経った1月中旬、体調が悪化したといいます。

START代表・松井さん:
「手足のしびれ。指先とか足の指とか、唇とか舌とかがしびれると盛んに訴えるようになって。しびれは全身に広がってしまって、歩けなくなる」

 1月28日の夜、『血を吐いた』『自分は死んじゃう』と松井さんに電話をかけてきたウィシュマさん。気が動転した状況だったといいます。

 嘔吐を繰り返し体重は、収容から5か月で12.5キロも減少。命の危機が迫るなか、ウィシュマさんは「仮放免」を求め続けました。

 健康上の問題などで、一時的に収容施設から出ることができる「仮放免」。ウィシュマさんは、2度申請しましたが1度目は不許可、2度目は可否の判断すらされませんでした。

■全部吐いてしまいどうしたらいいか分からない…手紙に書かれていた悲痛の叫び

 愛知県津島市に住むウィシュマさんの支援者、真野明美さん。仮放免が許可されたらウィシュマさんと一緒に暮らす約束をしていて、手紙のやりとりを続けていました。

<ウィシュマさんからの手紙>
「まのさん と いっしょに いろいろ やりたい」
「わたし きたら いっしょに たくさん りょうり を つくって たべましょう」

<ウィシュマさんからの手紙>
「I need to eat but I can’t eat. All the food and water vomitting out. I don’t know what to do.(食べなきゃいけないけど、食べられない。食べ物と水を全部吐いてしまう。どうしたらいいか分からない。)」

真野さん:
「ウィシュマの最後の手紙だね。今読んでもとても苦しい。もう、日本語で書く元気がない。全部英語」

■医師から点滴や入院が必要との指摘も…収容施設に連れ戻され死亡

 2月5日、入管の判断でウィシュマさんは外部の病院で診察を受け、そのとき診察をした医師の記録には『内服できないのであれば点滴、入院』と残されていました。

 しかし入管職員は点滴治療や入院措置はせず、ウィシュマさんは収容施設に連れ戻されました。法務省が 経緯をまとめた「中間報告」には、「医師から点滴や入院の指示がなされたことはなかった」と記載。カルテに書かれた事実とは異なる内容でした。

 そして1か月後の3月3日…。

松井さん:
「イメージとしてはもう亡くなっていましたね。生きている状態じゃない」

真野さん:
「もう見るのもつらい。彼女ももう座位がとれない。車いすに座っていられない状態、ずるずると落ちるという感じ。それでも私に体を起こして、手は硬直していた。手を伸ばして『ここから連れていって』って彼女が言ったの」


 その3日後の3月6日、職員の呼びかけに応じなかったウィシュマさんは、搬送先の病院で死亡が確認されました。

■遺族が真相の解明求めるも…収容施設内のカメラ映像の開示は拒否

 5月、ウィシュマさんの妹たち遺族が来日。名古屋入管の局長と面会し、“死の真相を知りたい”と訴えましたが…。

名古屋出入国在留管理局の佐野豪俊局長:
「全然情報がないというわけではないですけれども、正直なところ、まだこれが正しいという確定もしていないし。そういった不正確な段階で、私どもから色々とご説明するのは差し控えたいと思っております」

 入管側は「調査を受けている立場」だとして経緯を説明せず。その後遺族は上川法務大臣らとも面会。収容施設でのウィシュマさんの様子を記録したカメラ映像の開示を求めましたが、「保安上の理由」として拒否されました。

ウィシュマさんの妹(日本語訳):
「大臣は私たちに悲しい顔を見せていた。でも答えは前と同じだった。入管と同じような説明だった。満足していない」

■入管施設での収容長期化の解消目指すも…人権上の問題多く「入管法改正案」は白紙に

 入管の問題を浮き彫りにしたウィシュマさんの死。その余波は、国会にも及びました。

 今国会で審議された入管法の改正案の内容は、入管での収容や強制送還のルールを変えるものでした。現在の入管法では、難民としての認定を日本政府に申請している外国人を強制送還することができません。その結果、入管施設への収容が「長期化」しているとして、難民申請を繰り返す外国人については強制送還を可能にする規定が盛り込まれました。

立憲民主党・安住国対委員長:
「実態解明も中途半端なままに、強行採決は断じて容認できない」


 しかし、もともと法案に反対していた野党側は、ウィシュマさんの死の真相究明を引き合いに出して攻勢を強め、結局、与党側が今国会での法案成立を断念。入管法をめぐる議論は白紙となりました。

■仮放免後の外国人は働くことができず…入管が抱える多くの問題

 入管法では、「仮放免」の外国人が働くことは認められておらず、犯罪に手を染める人もいるといいます。多くの課題を抱える入管の問題。専門家は、日本には難民など外国人を受け入れる土壌が足りないと指摘します。

筑波大学の明石純一准教授:
「そもそも政治的な意思として、あるいは国民的な合意とか理解において、日本は外国から人を受け入れて住まわす、メンバーシップをフルで与えるというベクトルがない。『入管』『収容』『難民』というのは、ある特定の人たちの意識には響くが、一般論としては対岸の火事というか、自分と縁がない世界での話。法案が始まるきっかけにもなって法案が廃案、見送られるきっかけにもなっているっていうことは、やっぱり人間の命の重さなんだと思います」

ウィシュマさん妹(日本語訳):
「お姉さん日本好きだったのに、その国でこんなことになって耐えられない」


 外国人を巡るニッポンの問題。ウィシュマさんの死が、問いかけています。