2025年の万博の開催地が決定し、大阪の街は歓喜の渦に包まれました。この熱狂の中、プラカードを持つ、一人の“おばあちゃん”が…。
「この日をずっと待ってましたから、息子の合格発表の時よりも10倍くらい嬉しかったです」
こう話したのは、今回の開催地決定の裏でも活躍した“万博おばあちゃん”です。
(高橋知幸アナウンサーリポート)
「歓喜の輪の中にいたおばあちゃん、実はタダモノではないんです。愛知万博=愛・地球博の会場になったモリコロパークからすぐのところに住んでます。会いに行ってみましょう」
愛知県瀬戸市の“万博おばあちゃん”こと、山田外美代さん(69)。

2005年に開かれた愛・地球博で、山田さんは185日間毎日会場に訪れ「皆勤賞」を達成。一躍有名になりました。
“万博愛”が詰まった自宅を見せてもらうと…。

山田さん:「ここが万博ルームです」
高橋アナ:
「すごいですよ。いっぱいありますね。1つの展示ブースみたいになってますね」
山田さん:「ここにあるのが、万博のスタンプ」
高橋アナ:
「スタンプも全部まとめてるんですか。これが皆勤賞の証ですか?日付毎日押してるわけですね」
さらに、新聞記事の切り抜きも…。
山田さん:
「皇太子さまがモリコロと写っているとか。そのときは5社新聞とってました」
高橋アナ:「新聞各紙の万博関連の記事を…」
山田さん:「切り抜きました」

愛・地球博以来、万博の魅力にとりつかれた山田さん。2010年の上海万博にも184日間毎日通い、現地メディアから取材が殺到するほどの人気者になりました。
高橋アナ:
「万博に魅せられたのはどんなところですか?」
山田さん:
「まずはパスポートなしで海外の人たちとコミュニケーションが取れること。1日のうちに全部の世界を回れる可能性もあること」

日本の誰よりも万博を愛していると自負する山田さん。実は、大阪の招致活動でも活躍していました。
近所の住宅や商業施設に足を運び、誘致をめざす署名300人分を1ヶ月かけて集めました。さらに、去年カザフスタンで開かれたアスタナ万博では、大使として迎えられると…
山田さん:
「国営テレビを使って大阪万博をPRしました。必ず貴重な1票を私の国にください!と言って」

なんと、現地の国営テレビに生出演し、大阪での開催を強く呼びかけていたのです。
山田さんの想いが実った大阪万博まであと7年。現在69歳ですが、次の目標はもちろん…。
山田さん:
「大阪万博に毎日行くと。いろんなことを皆さんに紹介できるアテンドをしたいです。アテンドをやることによって、私の意見とか覚えたことを広めていただけるので。(自分自身が)動くパビリオンとして」