愛知県あま市七宝町に伝わる伝統工芸「七宝焼」の伝統を守ろうと、挑戦を続けている若き女性職人がいます。
伝統を重んじながらも革新を続けるこの女性が生み出す、純銀とクリスタルガラスを用いた繊細な七宝焼のジュエリーは多くの女性の間で話題となっています。
■小ぶりにして手が届きやすい価格に…ジュエリーで七宝焼の魅力発信

名古屋市の西、あま市七宝町は、180年の歴史を持つ「尾張七宝」の発祥の地です。明治16年創業の「田村七宝工芸」の田村有紀さんは、両親ともに職人で、幼い頃から七宝焼に慣れ親しんできました。

純銀を立て絵柄を描く「尾張七宝」は、デザインが繊細で美しいと評判です。
彼女が特に力を注ぐのが、ジュエリー。ブローチにネックレス、髪飾り、帯留め、カフスなどを揃え、ネット販売を中心に多くの注文が入ります。

田村さん:
「小さい時から両親の、お爺ちゃんの作品が好きで、欲しいなって思うんですけど…、『買えないな、私のお金じゃ』と」

「尾張七宝」の花瓶などは、高価なため手軽に購入できません。そこで田村さんは、ピアスやネックレスなど小ぶりのアクセサリーに着目し、手が届きそうな価格にすることで、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたいと考えました。
■純銀板で土台となる素地作り…「七宝焼きは偶然上手くいくことはない」

中でも人気なのが、海をイメージしたピアス「純銀銀彩 海グラデーション」です。作り方はまず純銀の板をカットし、土台となる「素地」を作ります。切り終えると、表面を叩き始めました。

凹凸をつけることで光と影ができ、より銀がキラキラ見えるようになります。
丁寧に磨くと、素地にクリスタルガラスを砂状にした釉薬をのせていきます。これを、約800度の窯で3分ほど焼きます。すると白い釉薬が溶けて透明になりました。ここから、墨で下描きします。

「七宝焼きは、偶然上手くいくことはない。下書き通りに絵柄と色が出るため、絵の技術が大切」と田村さんはいいます。
■絵柄を立体的に描くミリ単位の作業…経験こそが全ての「銀線立て」

下描きを終えると、ここからが七宝焼職人の真骨頂。純瓶の帯状の線「銀線」を素地に立てて、絵柄を立体的に描く作業です。

右手にピンセットとハサミを持ち、下書きに合わせて銀線を曲げていきます。必要な長さに切ったら、仮止め用のノリをつけて、素地の上に立てていきます。まさにミリ単位。手間のかかる繊細な作業に、集中します。

田村さん:
「銀線が仕切りの役割を果たすので、繊細な絵柄の秘訣にもなりますし、線自体も純銀なのできらりと光る」
目指す高みへ。経験こそが全てです。約15分かけ全ての銀線を立てました。海をイメージしたデザインの出来上がり。再び窯に入れて、釉薬を溶かして銀線を固定します。
■気泡ができないよう水分量を見極める…クリスタルガラスで色付け

七宝焼は各工程で火を入れるため、完成までに約10回焼きます。小さなアクセサリーでも、完成までにかかる日数は3日。手間がかかるのも七宝焼の特徴です。
銀線を固定したら、色をつけたクリスタルガラスの釉薬をのせます。この時、気泡ができないように、つついて空気を抜きます。

田村さん:
「水際というかちょうどいいところをすくって、水の力を使って銀線の枠の中に落としていく」
砂状のガラスは水に溶けているのではなく、浸かっている状態のため、ほどよい水分量を見極める。まさに職人の技です。そして、また窯へ…。
■学生時代からシンガーとして活躍…年間200本のライブ10年こなすも職人の道へ

田村さんは、武蔵野美術大学の在学中に作った花瓶が「日本七宝作家協会展」にて入選するなど、若くしてその才能を開花させました。しかし歌うことが最も好きで、学生時代からシンガーとしての芸能事務所に所属。年間200本のライブを10年間こなしてきました。

七宝焼普及のために、2020年12月にリリースされた「尾張七宝」のテーマソングも、田村さんが歌っています。ところが…。
田村さん:
「職人さんが減って、100~200軒あった窯元も(今は)8軒しかないんです」
このままでは七宝焼の伝統が途絶えてしまう…。その魅力を一番よく知っていた田村さんは、「ここで何もしないのは将来後悔する」と職人の道に舵を切りました。

田村さん:
「どちらも好きだし、好きな物を辞める必要はないと思っているので。今だからこそできることを…」
「好きなものを通し誰かと『ワクワク』を共有したい」と話す田村さんは、七宝焼も音楽も好きだからこそ、全力です。
■「これをつけているから頑張れる」…誰かのちょっとした力になりたい

田村さんのジュエリー作りもいよいよ佳境に。表面に薄く釉薬を塗るなどして、窯に入れること10回。ようやく仕上げに取りかかります。

最後は表面の磨きです。この作業は特に時間がかかり、時には一日中研いでいることもあるといいます。
田村さん:
「艶感が違うし、触り心地もすごくいいので、喜んでいただけるだろうなって。手をかけた分の意味はあると思う」

「純銀銀彩 海グラデーション」(3万9000円)。鮮やかな青のグラデーションの奥には、素地につけた凹凸によって、光を浴びた海面のきらめきが見事に表現されています。伝統を重んじ、革新を続ける職人田村さんの経験と勘が生んだ一品です。

田村さん:
「七宝焼は、色も形もサイズもいろんな事ができるので、可能性が未知数な工芸だと思っています」
「悲しいニュースも多い」と感じている田村さん。「今日はこれを着けているから頑張れる」という気分になれるような「ちょっとした力のひとつになる」ことを目指しています。