岐阜県高山市の桜の名所「荘川桜」。湖の畔にあるこの樹齢500年の2本の桜は、元々この場所にあったわけではありません。昭和36年に多くの専門家や職人たちの力で、当時不可能と言われた移植により、この地に移されました。

 それから60年…毎年美しい花を咲かせるこの桜の元を訪れる人々には、様々な人間模様がありました。

■荘川桜はパワースポット…家族全員の幸せを願う

 名古屋から車で2時間ほどの岐阜県高山市荘川町。国道156号を走ると、大きな2本の桜が出迎えてくれます。湖を見下ろすように咲く「荘川桜」です。

 午前9時。家族4人がやってきました。

郵便局勤務の男性(40代):
「昔の勤め先がこちらだったので。(荘川桜が)パワースポットというのを聞いて、毎年来るようになりました」

 10年前、この近くで働いていたこともあり、毎年家族とともに訪れます。

長女(20代):
「今コロナで出かけられないけど、近場でこういうところがあると癒しになります」


男性は、「力がもらえるような気がする。家族全員がパワーをもらえれば」と家族全員の幸せを祈ります。

■早く退職してあちこち行きたい…カメラ片手に全国の桜を巡る男性

 10年前から毎年訪れているというこの男性の目的は、カメラ撮影です。

会社員の男性(50代):
「桜を撮ってみたいというのがあって。今年は奈良の方から北上してきて、この桜で最後くらいかな」

 最初は、子どもの成長を撮っていた男性でしたが、今では春になると全国津々浦々、桜の名所をまわり写真におさめています。これまで購入した20台のカメラと30本以上のレンズにかけた費用は、軽自動車1台買えるくらいといいます。

同・男性:
「早く退職して、車もキャンピングカーにして、あちこち歩き回りたいな」

■できればあと20年来たい…富山から自転車で訪れた60代の男性

 お昼時。多くの人が訪れる中、自転車に乗った男性がいました。富山の自宅を朝7時に出発し、自転車で4時間。郡上市の、ひるがの高原の帰りに立ち寄ったといいます。

 毎年春にここを訪れる男性は、自分の力を使い風を切って進む自転車の魅力にとりつかれているといいます。

証券会社勤務の男性:
「60歳も過ぎましたし、1年1年、来年はどうかなって。あと10年か、できれば20年くらいは…。20年は無理か」

 春にここを訪れることを楽しみに、1年1年を過ごします。

■当時不可能と言われた移植に成功…ダムに沈むはずだった2本の桜

 桜を見上げる男性がいました。荘川観光協会の副会長を務めている寺田俊明さん(66)です。

寺田さん:
「2本の大きな桜。この桜は本来、この御母衣ダムの下にあったお寺の境内にあった桜です」

 時は1957年、戦後の高度成長期。ひっ迫する電力需要で、御母衣ダムの建設が開始。その代償として、旧荘川村の3分の1が水の底に沈みました。その際、ダム建設会社の初代総裁・高碕達之助さんが、旧荘川村のシンボルでもある2本の桜を「このまま水の中に埋めてしまうのは心無い」と残すことにしたそうです。

 しかし、桜の移植は困難を極めます。合わせて重さ70トン以上の巨木を、高低差50メートル以上もある場所に移すことは、当時不可能とされていました。しかも、桜は小さな傷がついただけでも腐ってしまう繊細な植物。それでも綿密な計画を立てて35日間、延べ500人で移植を成功させました。

 寺田さんによると、桜がこの場所に上がったのは昭和36年の雪降る「クリスマスイブ」。「私たち荘川の人間にとっては大きなクリスマスプレゼントでした」と寺田さんは、当時を振り返ります。

 その翌年の春、樹齢500年の老木の小枝に花が付きました。寺田さんは、「荘川の誇りとして、子どもたちには、これからも桜を大事にしてもらいたい」と話します。

■「太平洋と日本海を桜で結ぶ」壮大な夢…12年でおよそ2千本の桜を植樹

 荘川桜に魅了された人がもう1人。国鉄バスの車掌をしていた、佐藤良二さん(当時30代)です。荘川桜に歓喜する人々を見て、「桜は人を幸せにする」と感じ、「太平洋と日本海を桜で結ぶ」という壮大な夢を抱きます。

 1966年、国道156号線沿いのバスの停留所に、桜の植樹を開始。桜の木の下で種を拾っては植え、また拾っては植え…。癌で亡くなる47歳まで命懸けで12年、およそ2千本の桜を植えました。

 あれから45年、一部は枯れてしまいましたが、残った子どもたちは見事な花を咲かせています。佐藤さんの想いが、荘川桜には込められています。

■15年前から通う女性「還暦を迎えた同級生の荘川桜と一緒に長生きしたい」

 桜が移植された頃に生まれたこの女性。荘川桜は同級生だと言います。

15年前から通っている会社員の女性(60代):
「不思議な縁を感じて…。還暦を迎えまして、同級生・荘川桜と一緒に長生きしたいと思います」

 コロナの影響で離れ離れの生活が続けている新婚カップルもいました。

製薬会社勤務の男性(30代):
「早くコロナが落ち着けばいいなと思いますけど、たまに会うのもいいかなと思いながら、楽しんではいます」


 故郷を見守り続ける「荘川桜」。そこには、希望を抱く人々の姿がありました。