02 村井国夫さん(宗形郁造役)

――素敵な監督との久しぶりの仕事

 この作品の演出を手掛ける星田(良子)監督とは、もう何十年になるだろうか、かなり長い付き合いになりますね。一緒に仕事をするのは久しぶりだけど、相変わらずしつこい(笑)。もちろん、良い意味でですよ。粘って粘って役者の良いところを引き出そうとしてくれてるわけですから。丁寧に若手に演出をつけているのをよく目にしましたが、演じていると自分だけの解釈で、どうしてもその役の視野が狭くなってしまうことがあります。そこをフォローしようとする星田監督を見ていると、「若手にとってこんないい監督はいないんじゃないか。とても素敵だな」と思いましたね。  郁造を演じるにあたり、監督と何度か話し合いましたが、郁造の持つロマンチシズム、桜や桜子に対する想いを活かしてほしい、とリクエストがありました。僕としては、郁造を通し、人間の持つ弱さやもろさを見せたかったし、己の欲望のために埋没していく様、堕ちていく様。それに崩れ落ちていく男の悲しみを出したいな、と思いました。そのうえで今回は当然、色っぽさも必要な役だと思い、そこはかとなく漂わせられたら、と頑張りました(笑)。

 僕は郁造の桜子に対する想いは、決してアブノーマルなものだとは思っていないですよ。反対にノーマルな人間だからこその欲望や弱さじゃないでしょうか。この作品では、そんな想いが、普通なら内臓しているものが劇的に表に出ているだけのこと。桜子にしても、自分が郁造の実の子ではないとい薄々分りつつ、否定しながら生きているんでしょう。自分の父親に対する気持ち、一人の異性の男性として見ている気持ちを否定しながら生きているんだと思いますね。

――心中場面にあったロマンチシズムとエロチシズム

 中島(丈博)さんの作品に出演するのは初めてですが、まずセリフ。かなり言いにくかった(笑)。ただ、中島さん独特の世界をかもし出すために、あえてそういう言葉を選んでいるのかな、と思いました。正直、覚えづらいですよ。日常的な会話ではないから。セリフは論理的でないですか? “中島イズム”みたいなものがずい所に散りばめられており、それは演じる側からすれば困難である反面、やりがいや楽しみがありました。中島さんの世界観を自分の中で咀嚼し、表現したいと思いましたね。セリフをちゃんと理解し、自分の中の感情と照らし合わせながら、嘘のないように表現することは面白い挑戦でした。
 あと、中島さんのセリフって言いづらいんだけど、それでいて役者がどうすれば乗ってくるのか分っていると思いますね。郁造にしても自分の生き方と西行法師の生き方を重ねていますが、西行の持つ孤独感がセリフの中にも息づいていたし、最後に秀ふじと心中する場面なんか、ロマンチシズムだけでなくエロチシズムもしっかりあって、とても良いシーンになったと思っています。

――人が心中に惹かれる理由

 郁造が心中したことで、物語はまさに動き出します。起承転結の“起”の部分がここで終り、新たなドラマの始まりでもあります。とても重要な任務でしたが、うまく果たせたでしょうか。心中については、滅びの美学というか、自分が堕ちていくことに人はやっぱり快感があるのかもしれないですね。人間には上昇志向と同じく、下降志向というか自ら進んで転落することを望む気持ちがあって、行き着く先が“死”なのかな…。僕自身、これまでの人生を振り返っても、若い頃は死に対する憧れもありましたよ。「死ぬことで、その先にあるものが見えるんじゃないか」なんて思ったり。  郁造が愛に生きたように、僕にとっても愛や愛する気持ちというのは、とても大切なもの。僕は俳優という仕事をしていますが、色っぽさをいくつになっても持っていたいし、
「あの人に抱かれたい」と思わせる存在でなくてはダメだと思ってます。だから容姿も汚れてはいけない、といったように自分で自分を律する気持ちも持つようにしています。「恋心」はいつまでも忘れたくないですよね。いつまでも持ち続け、生涯現役のまま一生を終えられたら、こんなに素敵なことはないと思いますよ。

ページ先頭に戻る