11 いしのようこさん(秀ふじ役)

――女性には珍しいほど執着がない人

 今回、演じている秀ふじってよくよく考えると、物語の口火を切る女性ですが、最初に登場してから郁造さんと心中するまでは、とにかく展開が早かったんです。もちろん、心中に至るまでに二人が重ねてきた想いはあると思いますが、その全てが描かれているわけでなかったので、どうして郁造さんとの心中を決意したのか、その心情は自分なりに考えました。思うんですけど、秀ふじって何事に対しても“執着”というものがないんですよね。娘の桜子に対しても、ある意味淡白ですから。「一度は捨てた子供ですから」と、自分のしたことの重大さを分っていて、立場をわきまえている、とも言えなくもありませんが、彼女の生きる姿勢は、どこか淡々としている気がします。心中も、心から愛する人が死にたいなら私も付き合いますよ、というぐらいの気持ちなのかな、と。ただ秀ふじは結局、生き残ってしまいました。そこからは生きることに対して、どっしりとした、太い幹のような気持ちが芽生えたんじゃないでしょうか。
 秀ふじは女性にしては珍しいタイプの女性だと思いますが、執着心が薄いところは私にもあるかな。私自身、できるなら「こうでなくちゃいけない」というものをなるべく増やしたくないんですけど(笑)、母として娘や孫に対して、さらに一人の女性として愛した人に対して、「あなたが幸せなら、死のうが何をしようがそれでいい」という考え方は、共感とまではいきませんが、分らなくもないですね。

――実は秀ふじこそ、一番のトラブルメーカー!?

 正直、秀ふじは相当“やっかい”な役だと思いますよ(笑)。とにかくセリフの言い方をこんなに考えたことってそうない気がします。台本を読んでいても、「うわ、秀ふじ、ブラック過ぎる」とか「秀ふじったら、こんなこと言っちゃうのね」というセリフの連続で(笑)。元々、桜子の父親である和尚に対して、ミルク代もくれないならあなたが育ててよ、と勝手に預けて、出て行ってしまうような女性だから、若き頃はかなり“とっぽい”人だった気がしますね。物語の中でも、桜子が雄一との結婚を嫌がっているのに、郁造さんに「借金のカタに桜子を嫁に出すのはしょうがない」と言ったり、桜子と比呂人に「死ぬ気で会え」と言ったり。死ぬ気って、それじゃあ心中をほのめかしているようなものじゃないですか。もうね、しょっちゅう「あれ!? 秀ふじの今の発言、トラブルの引き金になってない?」って台本を読みながら思いました。
 実際に演じるとなると、とにかく秀ふじが問題発言をしていることを、視聴者の皆さんに悟られないよう言うことに気を配りました。さらに秀ふじは、桜子を始めみんなにとって、全てを受け止める心安らぐ存在でなければなりません。相反する二つの設定をどう同居させるか、思案させられっぱなしでしたね。そこで助かったので、秀ふじの話し方です。最初にとにかく艶っぽく演じてほしいとスタッフの方々からリクエストをいただき、「それならセリフを関西弁にしてもいいですか」とお願いしたんです。それがすごく役立ちました。どんなにきついセリフも、関西弁で柔らかく言うと、内容のブラックさを結構ごまかせるんですよ(笑)。
 明美さんとのやりとりは普通に言ったらかなり挑発的で、「もう勘弁してください」っていう感じでした。「桜子と比呂人を会わせないほうがいい」って言ったところは、完全に明美さんの女性としてのプライドをあおり立てていましたから。明美さんが出てきたあたりでは、本当は秀ふじこそ、この作品の台風の目ではないか、一番のトラブルメーカーは実は秀ふじだな、と思ったものです(笑)。

――「ふじ川」が怖かった

 秀ふじはほとんどが、自分が営む小料理屋「ふじ川」の場面でしたけど、実はこれもまた辛くて。というのもみんな、秀ふじに何か相談ごとがあるから彼女の店を訪ねてくるんですよ。常に秀ふじ対誰かで、ひたすらみんなの相談事を聞いては、アドバイスをしたり、意見したり。それもただうなずくだけでなく、秀ふじ自身も結構セリフがあって、1日小料理屋のシーンのみの撮影、なんてときは私は出ずっぱりで休む時間もなく、「も~、私にどうしろっていうの!」って半分本気で思いました(笑)。共演者のみんなも、「ふじ川のシーンは怖い」って言ってたんですよ。秀ふじとの二人芝居の上、誰もがセリフがぼう大でしたから。

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